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放課後のチャイムが鳴ると、風霧が近づいてくる。 「結城、今日はどうするのだ?」 「えーと……今週はやめとこうと思うんだ。」 「そうか……」 「来週にはちゃんと返事をするよ。続けるかどうか。」 「わかった。その……よい返事を待っている。」 そう言うと風霧は教室を出て行く。 (ふう。やっぱりまだ風霧と話すのは緊張するな……) そんなおれに一夜が話しかける。 「遊馬、お前、今日はどうすんだ?」 「別になにもないけど。」 「そっか。じゃ、カラオケでも行くか。久しぶりに。」 「カラオケか……そうだな。」 その声を聞いて、男子連中がやってくる。 「なんだ、結城と黄泉塚もカラオケにいくのか?」 「そのつもりだけど。」 「じゃ、5時間カラオケ行こうぜ、飲み放題だし。」 「5時間か……途中で抜けるけどいいか?」 「いいに決まってる。無問題だ。」 久しぶりにみんなと騒ぎながら廊下を歩いて行くと、玄関の手前で静流さんを見つける。 「あら、遊馬くん。」 「あっ、こんにちは……」 おれはなんとなく緊張してしまう。 「みんなで下校中?」 静流さんがにこりと笑って一人一人を見る。 「はい、そうです。」 誰かが答える。 「そう。でも、廊下はもうちょっと静かに歩いてね。」 「はい。」 これは別の奴。 「ん。それで、これからみんなでどこかに行ったりしないわよね?」 「しません!」 これまた別の奴。 「寄り道は禁止よ。ちゃんと帰ってね。」 「はい。わかりました。」 最初の奴が答える。 「よかった。じゃ、遊馬くんまたね。」 静流さんは集まってきた執行部員たちと行ってしまう。 「ああ、おれ、神無部長と初めてしゃべったよ……」 「おれも……感動した……」 「決めた、おれ、今日から手を洗わない。」 「って、お前、握手したわけじゃないだろ。」 みんな一斉に話し始める。 「でも、どうしよう。神無部長には家に帰るって言っちゃったし……」 「そうだよな。神無部長に嘘はつけないな。」 「……帰るか?」 話が妙な方向に流れそうになり、おれはあわてて口をはさむ。 「おいおい。カラオケに行くんじゃなかったのか?」 「お前は黙れ。」 「お前なんかにおれ達の気持ちがわかるもんか。」 「そうだ。一人だけ神無部長に名前で呼ばれやがって。」 強烈な反撃を喰らう。 「まあ、あれだ。遊馬のようにはなりたくないもんだな、人間。」 一夜がまた余計なことを言い出す。 「つまり、なんだ。部長も妹も手に入れた奴には、おれ達の気持ちはわからんわけだ。」 「おれ達って……お前は違うだろうが。」 そんなおれの言葉は、他の声にかき消される。 「そうか、黄泉塚も神無部長のことを……」 「なぜ……もっと早く言ってくれなかったんだ。」 「おお……同士よ……」 おれ以外の連中の間に連帯感が生まれるのが鬼のようにはっきり感じられる。 「それで、だ。こんなおれ達のために、遊馬は今日のカラオケをおごる義務があると思うんだな。」 「また馬鹿なことを……」 というおれのセリフは、またも他の声に塗り潰される。 「そうだ。結城は幸せの再分配をすべきだ。」 「我々は断固、カラオケ代を要求するぞ。」 「絶対にベア死守だ。おー。」 (ああ、くそ、こいつらは……) 苦境に陥ったおれを見て、一夜はキキキと笑っている。 (あいつ……人を陥れといて……) そう思ったおれの脳裏に非常階段での一夜が浮かぶ。 (まあ、あいつには借りがあるしな……それも巨大な……) 「わーかった。わかった。おごるよ。」 叫び声がピタリと止まる。 「でも全員分は無理だから、今持ってるだけな。」 「いやー、遊馬さんは違いますな。大物ですな、やはり。」 一夜がぬけぬけと言う。 おれは、カラオケ屋で思いっ切り歌った後、本当に財布の中身を丸ごと取られてしまう。 寒い懐を抱えてMTBを走らせる。 ………………………… ……………… …… (今日は、なんかいい一日だったような気がする……絢音さんには感謝しないと……あのままだったらもっとみんなを傷つけてたから……) 風呂に入ると今までの疲れがどっと出て、おれはそのまま眠りに落ちていく。 ………………………… ……………… …… |
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