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土曜日の放課後。 今日はちょっと急いで教室を出る。家に着き、玄関の鍵を開けて自分の部屋へと上がる。かーさんは、カルチャーセンターだかなんだかで遅くならないと帰ってこなから、土曜日の家はがらんとしている。 服を着替えると、紗奈ちゃんに電話をする。もう少しで家に着くところらしい。紗奈ちゃんの家の近くにあるスーパーの前で会うことにして電話を切る。 MTBに乗り、待ち合わせの場所に到着する。紗奈ちゃんはまだ来ていない。 (なんだか久しぶりだな、紗奈ちゃんを待つのも。) しばらく行き交う人を眺めていると、紗奈ちゃんが走ってくる。おれはそちらに向かって手を振る。 「す、すいません。待ちました?」 息を切らせながら紗奈ちゃんが言う。 「そんなに焦らなくてもいいのに。」 「でも、待たせちゃうと悪いから……」 「全然平気だよ、おれは。昔から待つのは気にならないから。」 「そうですか……」 「うん。じゃ、行こうか。」 「はい。」 自動ドアをくぐり、スーパーの中に入る。 「そうそう、今日はおれが払うよ。」 おれはカゴを持ち上げる。 「えっ、いいです。そんな。」 紗奈ちゃんが慌ててかぶりを振る。 「でも、いつも紗奈ちゃんにお弁当を作ってもらってるし。休みの日くらい出さないと悪いから。」 「いいんですか?」 「もちろん。デザートでもなんでも、遠慮しないで買ってよ。」 「はい。」 紗奈ちゃんがにこりと微笑む。 「えーと、何を買えばいいの?」 「カツ丼とお味噌汁と簡単なサラダを作ろうと思うんですけど。」 「うん。」 「先輩は、どんなお味噌汁がいいですか。」 「うーん……なめこ。」 「なめこですか?」 「うん。あの、ぬめぬめした食感が好きなんだけど。紗奈ちゃんは。」 「はい。わたしも好きです。じゃあ、お豆腐とわかめも一緒に入れますか?」 「うん。いいね。」 野菜コーナーでなめたけを仕入れ、隣のコーナーで豆腐を、そのまた隣でわかめを手に入れる。サラダはほうれん草のサラダに決定したので、それもカゴに入れる。 「肉はどうしよう。」 精肉コーナーには、豚だけでもずらりと多くの種類がならんでいる。 「トンカツだから、ある程度厚い方がおいしいと思いますけど。」 「そうなんだ。」 色々と見て回ると、中段の棚にロースと書いてあるおいしそうな肉を見つける。 「うん、これにしようよ。」 「でも……ちょっと高くないですか?」 「大丈夫、大丈夫。」 おれは、普段、昼メシ代をもらって、使っていない。それが一週間分溜まるとそれなりの金額になるわけで……結局、今日お金があるのも紗奈ちゃんのおかげだ。選んだ肉をカゴに入れると、デザート類の棚へ向かう。 「どうしよう?」 「えーと……」 目の前には、ゼリー、ヨーグルト、プリンなど様々な商品がならんでいる。紗奈ちゃんはずいぶんと迷っているみたいだ。 「決まった?」 「いえ、まだです。」 「紗奈ちゃんって、結構迷うよね。」 「えっ、あ、すいません……沢山あると決めきれなくて……遅いってよく言われるんです。」 「あっ、いいよいいよ。ゆっくり選んで。おれも決められない方だから。」 「先輩は何にするんですか?」 「いや、迷ってるんだけど、今日はコーヒーゼリーにしようかと思って。そういえば紗奈ちゃんってプリンが好きだったよね?」 「はい。憶えててくれたんですか?」 「うん。実は、さっきからあのプリンも気になってるんだけど。」 おれが指差した先には、「卵のおいしいプリン」と書かれた2つ入りのパックがある。 「あっ、それ。わたしも気になってたんです。」 「そうなんだ。」 「じゃあこれにします。」 「いいの?」 「はい。先輩はどれにします?」 「うーん……じゃあこれにしよう。」 おれは一番無難そうなコーヒーゼリーを選ぶ。会計をすませると、袋をMTBのハンドルに引っかけて紗奈ちゃんの家まで歩いて行く。こういう時、カゴがないとハンドルが安定しなくて不便といえば不便だ。 「なんか最近いい天気だね。」 「はい。気持ちいいですね。」 「うん。」 紗奈ちゃんの家の玄関をくぐり、キッチンに入る。 「今日はおれも手伝うよ。」 「先輩……お料理できるんですか?」 「一応できないことはないけど、やらない方がいいような腕だから。野菜を洗ったりとかはできるかなと思って。」 「えーと、じゃあ、ほうれん草を洗ってもらってもいいですか?」 「うん。いいよ。」 おれはザルとほうれん草を受けとると洗い始める。 「そういえば、静流さんの分は作らなくていいの。」 「あっ、おねえちゃんは今日執行部の仕事で遅くなるみたいです。」 「そうなんだ。」 「音楽室のことが意外と大変らしいです。」 「山口先生の?」 「はい。」 音楽教師の山口先生は、休み時間に音楽室を私物化しているため、静流さんたち執行部がその是正を試みているらしい。 「ふーん。大変なんだね。土曜日まで。」 そんなに忙しいの中、昨日の夕方手伝ってもらったことに心が痛む。 「あっ、先輩。ネギも洗ってもらっていいですか。」 「もちろん。」 洗いものが一段落すると、紗奈ちゃんの横に行く。紗奈ちゃんは肉に小麦粉をつけた後、卵をつけてパン粉をつけている。パン粉をつけた後は、その表面に軽く油を塗る。 「ふーん。そうするんだ。」 「はい。」 油を塗り終わると、温めていたオーブンを開き、鉄板の上に軽く油を引くと衣をつけた肉をのせる。 「これでカツになるの?」 「はい。うまく焼くと表面がカリカリになって、本当に揚げたカツみたいになるんです。」 「そうなんだ。」 「じゃあ、お味噌汁も作りますね。」 「なにか手伝えることはある?」 「えーと、大丈夫です。先輩は休んでて下さい。」 「じゃあ、なにかできることがあったら呼んでね。」 「はい。あっ、なにか飲みますか?」 「うーん、水でいいや。」 おれはコップに入った水を受けとると、ソファーに座ってテレビを眺める。 20分ほどしたところで、蓋をされたどんぶりと味噌汁、サラダが運ばれてくる。紗奈ちゃんのどんぶりはおれの半分ほどの大きさしかない。 「いただきまーす。」 おれはそう言うと箸を取る。どんぶりの蓋を取ると、湯気とともにカツ丼が姿をあらわす。とろりとした卵がいかにもおいしそうだ。気になっていたカツをかじってみると、さくっとした歯ごたえで本当においしい。 「本当に揚げたカツみたいだね。言われなければ全然わかんないと思うよ。」 「そうですか?」 「うん。これ、かーさんにも教えてあげようかな。いつも揚げ物っていうとめんどくさがるから……ってうちにはオーブンがないから無理か。」 「あの、おいしいですか?」 「うん。おいしいよ、とっても。」 「よかったぁ。」 笑顔になった紗奈ちゃんと話しながら箸を進めていく。お味噌汁もサラダもおいしくて言うことがない。 「紗奈ちゃんの料理ってどんどんおいしくなってるよね。」 「そうですか?」 「うん。どうやって勉強してるの?」 「あっ、お母さんに聞いたり本を見たりしてますけど……」 「このカツの作り方もそうなの?」 「はい。これはお母さんに聞きました。揚げ物が恐いと言ったら教えてくれたんです。」 「そうなんだ。」 二人とも食べ終わったところでデザートにうつる。紗奈ちゃんのプリンはおいしいみたいでほっとする。 「あっ、先輩もどうぞ。」 紗奈ちゃんが差し出したスプーンからプリンを食べる。 「うん。味が濃くておしいね。」 おれのコーヒーゼリーは無難に選んだだけに無難な味がする。 デザートの後は、紗奈ちゃんの入れてくれた紅茶を飲む。 今週あった出来事を互いに話していると、あっという間に時が過ぎていく。 ふと話題が途切れた時、玄関が開く音がして静流さんの声がする。 「紗奈、ただいまー。」 廊下を抜け、静流さんがリビングに入ってくる。 「こんにちは、遊馬くん。」 おれの顔を見た静流さんは、そう言うとソファーに身を投げ出す。 「ふう。疲れちゃった。」 「おねえちゃん、どうしたの?」 「どうもこうも……音楽室の件が全然進まないの。」 それを聞いたおれは口をはさむ。 「山口先生のことですか。」 「そう。絶対に向こうの言い分に正当性なんてないのに、言葉を左右に逃げ回ってらちがあかないのよ。」 「そうなんですか。」 「執行部の子がいくら言っても無理みたい。来週はもうわたしが行こうと思って。」 「静流さんがですか?」 「うん。それで駄目なら……」 「駄目なら……どうするんですか?」 「そうね、生徒の署名を集めて管理職の先生に直談判かしら。もう、絶対に許さないんだから。」 「ははは……」 うん、やっぱり静流さんを怒らせないほうがいい。 「ねえ、おねーちゃん。プリン食べる?」 紗奈ちゃんが声をかける。 「うん。」 静流さんは、プリンの蓋をはがすと口に運ぶ。 「うん。おいしい。紗奈、これどうしたの?」 「先輩が見つけたんだよ。」 紗奈ちゃんがスーパーでの出来事を説明する。 「えー、2人で買い物に行ったの?」 静流さんがおれにたずねる。 「はい。」 「もー、わたしも行きたかったな。本当は今日は早く帰れるはずだったのに……そうだ。遊馬くん、今日の夕飯はどうするの?」 「えーと、決まってませんけど。」 「じゃあわたしが作ってあげる。後で一緒に買い物に行こ。」 「ちょっと、おねえちゃん。」 「いいじゃない。買い物に行くだけなんだから。なにか悪いことをするわけじゃないんだし。」 「悪いことはしなくても誘惑はする気でしょ!」 「誘惑なんてしないわよ。わたしの行動を遊馬くんが誘惑だととらえるかどうかは別だけど。」 「もー、おねえちゃんはいつもずるいんだから。」 その後、すったもんだの論争?が続き、結局3人で買い物に出かけることになった。本当は、ほとんどの材料がそろっていたから買い物に行かなくてもよかったけど、ちょっと切れ気味の静流さんに押される形で家を出た。この日の夕飯も2人が作ってくれた料理を腹十二分目くらいに食べて帰宅することになった。 ………………………… ……………… …… (うう、苦しい。また食べ過ぎた……) ベットに寝転がったおれは天井を見つめながら考える。 (うーん。今日こそはおれが払うはずだったのに、結局だめだった……) 夕食もおれが払おうとしたけど、静流さんが許してくれなかった。 (おれは人から食べ物をもらう運命なのだろうか……) おれはそんなことを考えながら夢の世界に吸い込まれていった。 |
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