7月2日(金曜)


.    ピピピピピッ……

(うーん。また朝が来たか……いっそのことずっと夜だったらいいのに……)

がさがさと起きだしていつものようにMTBで門を出る。

道を下っていくと、いつもの場所に紗奈ちゃんが来ている。

(やっぱり早いよ。おれなんか一度も待ったことがないもんな。)

「せんぱーい。」

「ん。おはよう。」

「おはようございます。今日もいい天気ですね。」

「そうだね。」

おれは自転車から降りる。

「どうでした?図書委員は?」

「うーん。全然だめ。昼間の当番は静流さんのおかげで問題なかったけど、放課後の書架整理がね……全然はかどらないから途中で放りだしてきちゃった。あっ、そういえば昼休みに静流さんが来たんだ。監視のために。」

「知ってます。もう、おねえちゃんったら……」

「どうしたの?」

「どうもしないですけど……おねえちゃんは執行部の仕事だっていってたけど、ぜったいに先輩に会いたくて自分から行ったに決まってます。」

「ははは……」

図星だ。

「それで、大丈夫なんですか?放課後のお仕事は?」

「うーん。どうなんだろ。おれの処理能力が飛躍的に向上すればどうにかなると思うけど。」

「しなかったらどうなるんですか?」

「どうにか誤魔化そうと思ってる。」

そう言ったおれの脳裏に今井健二の顔が浮かぶ。

(しかし、おれがあいつの天敵じゃなくて、あいつがおれの天敵だと思うんだが……)

「どうしたんですか、先輩。恐い顔してますよ?」

「あっ、なんでもないよ。それより紗奈ちゃん。」

「なんですか?」

おれは風霧に誘われた経緯を話す。

「えっ、じゃあ日曜日は遊びに行けないんですか……」

紗奈ちゃんの表情が曇る。

「あっ、ご、ごめん。」

「いえ……気にしないで下さい。約束していたわけじゃないですから……」

気まずい沈黙が後に続く。

(うーん、困った。そりゃ紗奈ちゃんも怒るよな……大体いつも日曜日は一緒に出かけてるわけだし……)

どうしたものかと思案しながら歩いていると、紗奈ちゃんが思い切ったように顔を上げる。

「あの、先輩。」

「なに?」

「わたし、今日、日直なの忘れてました。先に行ってもいいですか?」

「う、うん。急ぐなら後ろに乗ってく?」

「あっ、いいんです。先輩に迷惑がかかっちゃいますから……」

「おれは全然気にしないけど?」

「でも……ごめんなさい。」

紗奈ちゃんはちょっと頭を下げると、そのまま駆け出し、角を曲がって見えなくなってしまう。

紗奈ちゃんを追いかける
紗奈ちゃんを追いかけない

(いや、急ぐんだったら絶対こっちの方が早いって。)

おれは大急ぎでサドルにまたがると紗奈ちゃんを追いかける。しかし、角を曲がっても紗奈ちゃんの姿は見えない。

(あれ?もう先に行っちゃったのかな?)

思いっきりペダルを踏み込み、いつもの道を駆け抜ける。しかし、行けども行けども紗奈ちゃんの姿はない。

(もしかして紗奈ちゃんってものすごく足が速いのかな……って着いちゃったよ。)

結局、紗奈ちゃんを見ないまま校門に着いてしまった。

(うーん、どうしよう。引きかえして探そうかな?それともここで待ってようかな?もう校舎の中にいるってことは……ないよな。)

おれは迷った末にもう一度探しにいくことにする。今度は少しスピードを落として、道行く人を確認しながら走る。制服姿で通学路を逆走するおれを見て不思議そうな顔をする人も多いが気にしない。

(やっぱりいないや……)

別れた地点まで戻ってきたけど、紗奈ちゃんは見つからない。携帯を見ると、これ以上探していたら遅刻しそうな時間になっている。

(しょうがない。休み時間に紗奈ちゃんの教室へ行こう。)

そう決心すると、今日三度目となる道を大急ぎで学校へ向かう。予鈴がなるギリギリに到着すると走りに走って教室へ飛び込む。

(ま、間に合った……)

「おー、遊馬ぁ、ギリギリだな。おかげで今日はいい天気だ。」

一夜がいつもの調子で声をかけてくるが、今のおれに言葉を返す余裕はない。

(くう、人の気も知らないで……)

汗だくのまま机にへばりこんだところで先生が入ってくる。


………………………………

………………

……


1限目の授業が終わると、おれは待ちかねたように教室を出る。紗奈ちゃんの教室に向かっていると、廊下の前方から元気な声が聞こえる。

「せーんぱーい。」

「あっ、春日ちゃん。」

「どうしたんですか、こんな所で。紗奈を探してるんですか?」

「うん。そうなんだけど。」

「じゃ、呼んできてあげますね。」

「うん。頼むよ。」

廊下でしばらく待っていると、紗奈ちゃんが教室から出てきておれの前に立つ。

「どうしたの?今朝は?」

「ごめんなさい……」

「あっ、いや。もしかしたら怒ってたんじゃないかっと思って……」

「そ、そんなことないです。ごめんなさい。嫌な思いをさせてしまって……」

「本当に大丈夫?」

「はい。」

紗奈ちゃんの顔をみると、普段の紗奈ちゃんのように見える。

「よかった。」

おれはちょっと安心する。

「あの、先輩。」

「なに?」

「土曜日は空いてますか?」

「うん。どこか行こうか。」

「はい。」

「どこがいい?」

「えーと……すぐには思い浮かばないですけど……」

「そっか。じゃあ、また後で決めようか。」

「はい。それで、先輩。今日も遅いんですか?」

「うん。今日はだいぶ遅くなると思うよ。普通に考えて昨日の三倍は時間がかかりそうだし。」

「そうですか。」

「どうにか早く片付けようとは思ってるけどね……」

「そうですか……頑張って下さい。」

「うん。本当は頑張りたくないんだけどね。」

そう答えたおれの横から春日ちゃんの声が聞こえる。

「さーなー、もう行かないと間に合わないよー。」

「あっ、移動教室なんだ。」

「はい。」

「じゃ、また後で。」

「はい。」

おれは紗奈ちゃんと別れて教室へと戻る。戻ったところでチャイムが鳴り、二限目が始まる。




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