7月1日(木)


.    チュチュチュチュチュ……

小鳥の声で目をさます。

(うー……、まだ30分もあるじゃないか、目覚ましがなるまで……)

カーテンをめくると、外は良く晴れている。

(ほれみろ、おれが早く起きても晴れてるじゃないか……うん。寝よ……)

おれは心地よく二度寝の世界に引き込まれていく。

再び目覚ましの音に起こされると、準備をして家を出る。

(二度寝は気持ちいいけど……もう一度起きるのが倍つらいからな……)

いつもの場所で紗奈ちゃんと合流すると、いつものようにならんで学校に向かう。

たわいのない会話を交わしながら、強い日差しの下を歩いて行く。

街路樹の濃い緑が本格的な夏が来たことを思わせる。

学校に着くと、紗奈ちゃんと別れる。

教室に行く途中の廊下で風霧と会う。

「風霧、おはよう。」

「おはよう。」

「昨日はごめんな、途中で抜けて。」

「いや、いい。無理に誘ったのは私だ……」

「でも珍しいな、風霧とこの時間に会うなんて。」

「今日は、委員長を手伝っていたのだ。そのせいだろう。」

「委員長って、のぞみを?」

「そうだ。わたしも一応委員長補佐だからな。」

「そっか。ま、おれも一応図書委員だけどな……身に憶えはないけど。」

「……まだ言っているのか。」

「そりゃね。今日から昼休みも放課後もなしだから。」

教室に入ると自分の席に着く。

「おい、一夜。」

「あん?」

「今日も早く起きたけど、雨は降らなかったぞ。」

「そーか。」

「だから、おれと雨は関係ないってことだ。」

「うーん。そういう事にしてもいいが……」

「してもいいが、ってなんだよ。」

「お前、結局、いつもと同じ時間に来ただろ?」

「そうだけど。」

「それじゃあ雨は降らんだろう。早出しないと。」

「……一夜。」

「なんだぁ?」

「明日おれが早出するから賭けないか?」

「んー……やめとくわ。明日は日が悪い。」

今日も果てしない無駄話で学校生活が始まった。


………………………………

………………

……


昼休み。

(さてと、とりあえず図書室にでも行くか。)

おれはパンを持って立ち上がる。

「今日も奴が立ち上がりましたよ。」

「さてさて、どこで食べる気ですかね?」

「でも今日はコンビニの袋を持っていますぞ。」

「これはこれは、姫のご機嫌をそこねたのかもしれませんな。」

「ほほう。それは良いニュースですな。」

「しかし、許せん。姫を悲しませるとは……」

そんな声に送られながら教室を後にすると、廊下の向こうからあの顔が近づいてくる。

(うーん。どうしてあの人の顔は不吉さを呼び起こすのだろう?不思議だ。)

「おい、結城。」

「はい。なんでしょう。」

「おれが誰かわかるよな?」

「はい。」

「そうか。じゃあ図書室に行くぞ。」

「えっ?先輩が手伝ってくれんですか?」

「ばか言え。おれはお前がさぼらないように迎えに来ただけだ。」

「そうですか。」

おれはしぶしぶと後に従う。図書室に入ると、説明が始める。

「昼休みは貸し出しと返却の手続きをするだけだから簡単だ。両方ともカードを受け取ってここに通し、本のバーコードをこれで読むだけだ。返却の時に延滞してたら画面に表示されるから、遅れた日数だけ貸し出し停止になる。詳しくはこの紙に書いてある。」

「はあ。」

「まあ楽なもんだ。室内に人がいる時は必ず受け付けカウンターにいてくれ。後、カウンターは飲食禁止だから、メシは人のいない時にあそこの奥で食ってくれ。」

「あの……おれ一人でやるんですか?」

「当然だ。」

「そうは言っても、すでに人がいるんですけど。」

昼メシ時だというのに、すでに数人が図書室に来ている。

「ああ。本を返してから学食に行く奴とか、人が多くなる前に借りに来る奴とかがいるから、わりと忙しいぞ。」

「ちょっと、それじゃメシを食う暇がないじゃないですか。」

「そのへんはうまいことやるしかないな。そうそう、放課後の書架整理のやりかたはあの冊子に書いてあるから読んでくれ。後、整理中は人が入らないように、この図書整理中の札をドアノブにかけておくといい。じゃ、頑張ってくれよ。」

「ちょっと……」

おれの呼びかけを無視して、委員長は図書室を出て行く。

(うーむ。これは、いわゆるイビリというやつではなかろうか……)

おれは仕方がなくカウンターの中に入る。いくつかの返却処理をこなしても、人はいなくならない。

(まいった。これでは本当に昼メシ抜きになってしまう。一食抜いたくらいでは死なないとはいえ辛いことには変わりない。うーん、いかにすべきか……まっ、ばれなきゃいいか。)

おれは外から見られないように椅子に沈み込み、カウンターのかげに隠れてパンにかぶりつく。

(まったくなんだっておれがこんな目に……)

「あー、いけないんだ。」

突然上から声をかけられたおれはパンを吐きそうになる。(いっ、いかん。吐き出さないのがおれのポリシー……)どうにか出て行こうとするパンを制止すると、声の主を見上げる。

「カウンターは飲食禁止でしょ。遊馬くん。」

「し、静流さん。」

「もう、そんなことばっかりしてるから今井くんのグチが止まらないのよ。」

「えーと……なんで静流さんがこんなところに……」

「遊馬くんの監視に来たの。」

「え?」

「図書委員の問題児である結城遊馬くんがちゃんと仕事をするように、わたしが監視役として来たの。」

「問題児って……」

「あら、執行部では有名よ、今井くんの天敵だって。」

「天敵、ですか。」

「そ。それで、わたしが様子を監視して、場合によっては先生に報告することになってるの。でも、もう、カウンターで食べてるのを見ちゃったしな。」

「えーと、ですね。それは見なかった方向で……」

「うーん、どうしようなあ……」

「そんな殺生な……」

「うふふ。うそうそ。そのことはいいから、中で食べてきたら?カウンターはわたしが見てるから。」

「いいんですか?」

「もちろん。いいわよ。」

おれは静流さんに席を譲り、奥に引っ込む。カウンターの後ろに仕切りがしてあって、そこに小さなテーブルとポットが置いてある。

(ふう。びっくりした。静流さんが来るんだもんな。)

ジュースを飲みながらパンをかじっていると、静流さんがやって来る。

「人、いないんですか?」

「うん。大丈夫。」

そう言うと、静流さんはおれに一番近い席に腰をおろす。

「うーん。会いたかったなー。遊馬くんに。」

「いっ?」

静流さんがいきなり腕に抱きついてくる。

「最近全然会ってなかったでしょ?寂しかったんだから。」

「その……」

静流さんの髪の甘い香りが鼻をくすぐり、やわらかい胸が腕に当たる。

「最近わたしのこと避けてない?」

下から見上げるように静流さんが言う。

「そ、そんなことないです。」

「本当?」

おれはばかみたいにコクコクとうなずく。

「よかったあ。」

そう言うと、静流さんはおれの肩に頭を乗せる。甘い香りがますます強くなり、頭がくらくらとしてくる。

(いかん。これはいかん。)

「あの、静流さん。」

「なに?」

「学校でこういうのはちょっと……」

「あら、誰も見てないわよ。」

「そうですけど……」

「それに、ペットが飼い主に甘えるの自然なことでしょ?気にしない気にしない。」

気にしないといわれても、生理現象としてそうはいかない。

(えーい、どうしたらいいんだ。どうしたら……)

「すいませーん。」

カウンターの方から声が聞こえる。

「本を借りたいんですけどー。」

(て、天の助けだ……)

「あーあ、もう。」

静流さんが離れる。

「もう、こんな時に……じゃ、またね。遊馬くん」

静流さんが残念そうに去っていく。

(ふう。危なかった……しかし、静流さんの胸って本当に柔らかいな……それに髪の匂いも……っていかんいかん。)

おれは大急ぎで残りのパンを食べると、カウンターへと向かう。

「あら、もう食べちゃったの?」

「はい。」

「そんなに急がなくてもいいのに。」

「いえ。静流さんばかりに仕事をさせるわけにもいきませんし。そういえば、静流さんはお昼はどうしたんですか?」

「ここで食べようと思って持て来たけど。」

そう言うと、静流さんはカウンターの横に置かれた袋を指差す。

「じゃあ食べてきて下さい。おれが見てますから。」

「じゃ、遊馬くんも一緒に行こ。」

「いえいえ、おれはここにいないといけませんから。」

「大丈夫、誰にも言わないから、ね。」

「執行部部長がさぼりを勧めてどうするんですか。」

「もう、つまんないの。」

静流さんが唇を尖らせながら立ち上がる。

「本当に来ないの?」

「行きません。」

「もー。」

しばらくして、静流さんが帰ってくると、気になっていたことを聞いてみる。

「あの、どうして静流さんなんですか?」

「何が?」

「だから、どうして静流さんが監視役なんですか?図書委員でもないのに。」

「あら、問題のある委員を扱うのも執行部の仕事よ。」

「それはそうですけど、なにも部長自ら来なくてもいいと思うんですけど。」

「そんなの……遊馬くんに会いたいから自分から立候補したに決まってるじゃない。」

「そ、そうなんですか……」

「だって、朝と昼はいつも紗奈と一緒でしょ?そうすると、放課後にしか会えないのに、執行部の仕事が入ることが多いし……そうすると、こういう時じゃないと遊馬くんに会えないんだもの。」

「……」

「もう、たまには自分から散歩に誘ってくれないと、ご主人さま失格なんだからね。」

「ははは……」

昼休みに入って30分ほど経った辺りから人が増え始める。手続きをして、返された本を所定の場所に戻すだけで、結構な忙しさだ。最初はおれが戻していたが、どの本をどこに持っていけばいいのか、まったくわからないおかげで無茶苦茶に時間がかかる。結局は静流さんが本を戻し、おれがカウンターを担当することになった。静流さんは図書室をよく利用するとかで、どの本がどの辺りにあるのかを大体知っているらしい。

(あーあ。結局おれって役にたたないなな……まあ、本を借りたことなんてないも同然だから、当然なんだけど。静流さんがいなかったらどうなったことか……)

静流さんのおかげでなんとか昼休みを乗り切り、図書室を出る。

「じゃ、遊馬くん明日もちゃんと来てね。」

「静流さんも来るんですか?」

「当たり前じゃない。問題児の監視はきちんとしないとね。」

「はは……」

おれは静流さんと別れ、教室へ向かう。




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