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ピピピピピッ…… (もう起きる時間か……) あくびを噛み殺すと、学校に行く準備を始める。 窓の外は、昨日とうってかわっていい天気だ。 (うーん。やっぱりこうでないと。) 今日も音楽を聞きながら、MTBで道を下る。 通り過ぎていく朝の風が気持ちいい。 「せんぱーい。」 おれの姿を見た紗奈ちゃんが手を振る。 「おはよう。紗奈ちゃん。」 「おはようございます。」 おれはイヤホンを外しながら自転車を降りる。 「今日はいい天気だね。」 「はい。よく晴れてますね。」 「うん。」 挨拶をかわすと、一緒に歩き出す。 「先輩、大丈夫でした?」 「なにが?」 「お母さんに怒られませんでした?」 「うん。怒られたよ。」 「やっぱり……」 「これからしばらく夜メシの前に帰らないといけなくなったんだ。」 「そうですか……」 「ごめんね。バイトの後に会えなくなっちゃった。」 「わたしこそすいません……」 「いいのいいの。紗奈ちゃんは気にしないで。おれが、昨日、絢音さんの誘いを断ればよかっただけだから。」 「でも……」 「まあ、それができたためしはないんだけどね……」 学校に近づくにつれて、制服の数が増えていく。 紗奈ちゃんと階段のところで別れて教室に向かう。 今日も一夜と馬鹿な挨拶をかわしたところで一日が始まる。 ………………………… ……………… …… 昼休みの鐘が鳴る。 おれは、男子ABCの儀式が始まる前にそそくさと教室を後にする。 「どうやら、奴は戦略をかえたようですよ。」 「密会路線ですか。」 「我々に隠れて姫をどうこうしようという魂胆ですな。」 「それはそれは。奴も腹黒くなったものですな。」 「うう。結城の奴め……」 後ろからなにか聞こえるような気もするが、振り返りはしない。 紗奈ちゃんの教室へ向かっていると、廊下の向こうからなにか見覚えのある顔がやってくる。 (むう。なんだあの顔は?なぜかおれに不吉な予感をもたらすあの顔。とにかくかかわり合いにならないようにしよう。) おれはそう決めると、目を合わせないようにして通り過ぎようとする。しかし、なぜか相手は真っ直ぐこちらに向かってくる。 「おい。結城。」 「はい。」 「お前、おれを憶えてるよな?」 「えーと、どちら様でしょう?」 「今井だ、今井!何度言たら憶えるんだ。お前は。」 「今井?」 (なんだこいつ?突然話しかけてきたくせに偉そうに。それに知りもしない名前をさも知っているかのように名乗るとは……そうか、これはなにかの罠か謀略だな。そうとわかれば対応は簡単だ……って、なんか憶えがあるぞ。この展開。) 「だから図書委員長の今井健二だっ!」 「ああ、あのパブリックイメージを守らない図書委員長の……」 「ああ、もう。毎回毎回こいつは……まあいい。結城。お前、昼休みの図書当番、一度も行ってないだろ?」 「図書当番?」 また、おれの知らない所で知らない役割が与えられているらしい。 「そう。昼休みでも本が借りられるように、各クラスの図書委員が交代で昼休みの図書当番をしてるのを知らないのか?」 「極めて初耳ですが。」 「お前、それを4月からさぼりっぱなしだろ。」 「さぼるもなにも……」 「この間、図書室に委員が一人しかいないから理由を聞いたら、お前は一度も来たことがないらしいじゃないか。」 「なにしろ初耳ですから。」 「ほんと頼むよ。お前がそんなだと、他の委員に示しがつかないだろ。」 「………………」 「それでだ。罰として、明日とあさっての2日間。図書当番に加えて、放課後に書架整理をやってくれ。」 「はぁ????」 「3ヶ月もさぼってたんだから当然だろ。」 「いやいや。こっちはさぼる気はなかったわけで、いわば不可抗力と言うやつですよ。不可抗力は罪じゃないでしょ。」 「不可抗力でもなんでも委員の仕事をさぼったことには変わりないだろ。お前、このことが先生に知られてみろ。成績にも響くぞ。」 「成績って……そんな……職権乱用、鬼、悪魔。」 「ああ?なにか言ったか?」 「なんでもありません。」 「そうか。じゃ、頼むぞ。こんどこそちゃんやってくれよ。」 そう言うと、メガネをかけない図書委員長こと今井健二は行ってしまった。 (しかし、なんだ、自分にまったく記憶がないのに委員になってしまうということがあるものだろうか。いや、ありはしない。ならば、これはやはり誰かの罠だと考えるのが妥当で……) 「せんぱーい。」 「あっ、紗奈ちゃん。」 「どうしたんですか?難しい顔してますよ。」 おれはカクカクシカジカと説明する。 「えー、じゃあ、明日からお昼も一緒にいられないんですか。」 「そうみたい。」 「うー。」 「うん。自分でもなんでこうなったのかわらないんだけどね。」 「そうですか……残念です……」 「おれも残念だけど……」 「あの、お弁当持って行きましょうか?」 「図書室に?」 「はい。」 「いいよいいよ。一緒に食べないのにおれの分までつくってもらうのも悪いし。」 「そうですか……」 「うん。来週また一緒に食べよう。」 「はい。」 今日も空いている教室を探し、たわいのない話をしながら2人でお弁当を囲む。 授業ギリギリまで紗奈ちゃんと話し、駆け足で教室へと戻る。ちょうどチャイムが鳴り、午後の授業が始まった。 |
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