. 放課後

「ふー。終わった終わった。」

一気に教室がざわめく。

(うーん。これからどうしよう。紗奈ちゃんのバイトが終わるまでは時間があるし、かと言って行くあてもないし……まだ静流さんも発情期じゃないから保健室に行く必要もないし……)

「慌ててない。」

「あ?」

「だから慌ててない。放課後になるとあれほどソワソワしていた遊馬がここ最近は妙に落ち着いてる。なんかあったな。お前。」

机の上の一夜が顔だけをこちらに向けて言う。

「ないない。なんにもない。」

「んー?怪しいな。」

(あいかわらず人のことをよく見てるな。こいつ。)

「あいかわらず人のことをよく見てるな。こいつ。と遊馬は思った。」

「ぐっ。お前。」

(こいつ本当にESP保持者か?)

「おー。ちゃんと学習したな。」

(まさかこいつ……サトリの一族か。)

「ちょっと違うな。妖怪とは異なる。」

「お前……本当は何者なんだ?」

「まあ、遊星からの使者とでも呼んでくれ。」

一夜のメガネがキラーンと光る。

「それより一夜。お前、どこか気軽に運動できるとこを知らないか?」

「運動だぁ?お前がか?」

「最近ちょっと体を動かそうと思ってな。どこかタダで、いつでも行けて、激しくない運動ができるとこはないか?さらに言えば、雨と太陽を避けるために屋根がついてると嬉しいんだけど。」

「なんだぁ、そのムシの良すぎる条件は?」

「どこかないか。そういうの。」

「前提条件が多すぎる。ゼロだ。検索結果は。」

「まあ、そうだろうな。」

そう答えた後、ふと人の気配を感じて振り向くと、腕を組んだ風霧が立っている。

「今の話は本当か?」

「えーと。なんの話?」

「だから、結城が運動をしたいという話だ。」

「ああ。それは本当だけど。」

「じゃあ、うちの部にこないか。今は部員が足りないから一人でも欲しいところだ。」

表情も動かさずに風霧が言う。

「い、いや。部活に入る気はないんだ。暇な時に適当に動く程度で十分だから。」

「気にするな。最初はそれでかまわない。その後で続けるかどうかを決めてくれたらいい。」

「いや、だから……」

「前にも言ったが、お前は運動に向いてると思う。運動をする気はないということだったが、気が変わったのならやってみないか?」

「そう言われても……」

「どうだ?善は急げと言う。さっそく今日来ないか?」

「え、遠慮しておくよ。」

「ん?都合が悪いのか?なら明日でも一向にかまわないが。」

「いや。都合が悪いわけじゃないけど……」

「じゃあ来るといい。試して気に入れば続ければいいし、そうでなければ辞めればいい。」

「ちょっ……」

「では行こう。」

おれはうながす風霧に逆らえず渋々と立ち上がる。

そんなおれを見て、一夜はにやにやと笑っている。

「かくして遊馬くんは剣道部の救世主となるわけだ。」

(勝手なことを。)おれは一夜に向けて親指を下に向ける。

「行くぞ、結城。」

「あ、ああ。」

うちの学校には、不相応なまでに立派な武道場があり、剣道部はそこで活動している。

「剣道をやったことがあるか?」

歩きながら風霧が言う。

「まったくない。」

「そうか。」

道場につくと、剣道着姿の男子が3人いる。

「あれっ?結城?」

そのうちの一人が声を上げる。

「木村?」

うちのクラスの木村だ。世界史が好きな奴だとは知っていたけど、剣道をやっているとは初耳だ。

「木村。お前、剣道部だったのか?」

「そうさ。しかし、なんでお前が道場なんかにいるんだ?」

「いや……」

答えかけたおれを風霧が制する。

「わたしが誘ったんだ。入部するかは決まっていないが、よろしく頼む。」

「そうか。」

木村が嬉しそうに笑う。

「歓迎するよ。今のままじゃ団体戦もできないからな。こっちの2人は、平田と藤井。こいつは結城遊馬、おれと同じクラスだ。」

横の2人が同時に頭を下げる。

「あっ、どうも。結城です。」

おれも慌てて頭を下げる。

「では、わたしは着替えてくる。結城の案内を頼んでもいいか?」

「ああ。こっちだ。」

おれはうながす木村の後について行く。

「まさか結城が剣道に興味があるとは思わなかったよ。」

「正直、おれも思わなかった。」

「なんにしても歓迎するよ。部員3人じゃどうにもならないからな。」

「上級生はいないのか?」

「ああ、上の世代はゼロ、おれの世代が1人、今年は風霧のおかげでさっきの2人が入って、やっと廃部をまぬがれたところだ。」

「女子は?」

「うちの学校に剣道をやる女がいると思うか?ここ数年では風霧が唯一の部員だ。」

そう言いながら木村は扉を開ける。

「ここが部室だ。ところで、竹刀は……持ってないよな。」

「もちろん。」

「じゃあ、おれのを使ってくれ。あそこの鍔が黒っぽいやつがそうだ。」

「わかった。サンクス。」

結局、こうしておれは、剣道場で着替えをするはめになった。

ジャージに着替えて道場に戻ると、しばらくして風霧もやってくる。白い剣道着に袴、ピンと背筋を伸ばして竹刀を持つ姿がよく似合っている。

(かっこいいな……)

おれは思わず見とれてしまう。

「待たせた。」

「いっ、いや。待ってない待ってない。」

「ん?どうした?」

「なんでもないなんでもない。えーと……」

おれはぽりぽりと頬をかく。

「おかなしな奴だ。」

くすりと風霧が笑う。

「えーと……その、防具とかはつけなくていいのか?」

「ああ。まずは素振りから始めるから、防具はつけなくていい。」

「そうなんだ。」

「では、始めるか。」

「ああ。」

準備運動の後、風霧が竹刀を片手に教え始める。

「まずは立ち方だが、右足を前、左足を後ろに置き、両足に均等に体重を乗せるようにする。こういう感じだ。」

「こうか?」

「そうだな。もう少し軸を立てて、少しアゴを引いて……………………ほう。」

「どうしたんだ?」

「これは……いい。」

「???」

「いや、実にいい立ち姿だ。感心した。」

どうやら誉められているようだが、風霧が何に感心しているのか、今ひとつピンとこない。

「次に竹刀の持ち方だが、左手で竹刀の付け根を、こう小指が少し余るような感じで持つ。」

「こうか。」

「うむ。基本的に竹刀を操作するのは左手だ。右手は添えるように置くと良い。」

おれは言われたように手を置く。

「そして、ゆっくりと引き上げた後、腕を絞り込む。こういう感じだ。」

ひゅっという音とともに頭上の竹刀がしなり、ピタリと止まる。

「やってみてくれ。」

おれは言われた通りにやってみる。

「右手に力を入れすぎだ。左手を意識して、右手はそれについていくようにするといい。」

もう一度竹刀を振り上げ、振り下ろす。

「手首をこう、内に絞るように。」

おれは、もう一度竹刀を振る。

「大分いい。まだ肘が開いているから、それも絞るようにするといい。」

風霧に教えられながら竹刀を振っていると、だんだんその動きがスムーズになっていくのがわかる。

(へぇ。面白いもんだな。)

なんとなく楽しくなってくる。


………………………………

………………

……


「よし、少し休憩しよう。」

風霧の声に気がつくと、いつの間にか30分が経過している。

「いや。面白いな。」

「何がだ?」

「いや。結構面白いと思って、こうやって竹刀を振るのも。」

「面白いか。」

風霧がにこりと笑う。その純粋さというか翳りのなさにどきりとする。

「それはよかった。わたしは剣が好きだが、理解されないことが多い。そう言ってもらえると非常に嬉しい。」

本当に嬉しそうな風霧を見て、心臓がドキドキと脈を打つ。

「次はすり足の練習だが、大丈夫か。」

心の落ち着かないおれをよそに風霧が言う。

「も、もちろん。」

「基本的には、体重移動とともに右足を前に出し、左足を引き付ける。この時、重心が常に両足の間にあればいい。」

そう言うと風霧の体がスッと前に動く。動いたというより平行移動した感じで、不思議なことに後ろにたばねた髪もほとんど跳ねない。

「こうか?」

「右足をもっと地面に近づけて、平行に動かすといい。」

「こう?」

「体重が後ろに残っている。最初に左足で体を前に押すようにするといい。」

「こうか?」

「体の軸は保ったまま、このような感じだ。」

風霧と一緒に道場を何度も往復する。さっきの素振りと一緒で、最初はぎこちなかった動きが徐々に滑らかになっていくのが自分でもわかる。(うーん。この感じは……楽しいかもしれない。)すり足が一段落したところで、動きながらの素振りに移る。これがなかなか難しく、足に意識が行けば竹刀が振れないし、手に意識が行けば足の動きがおかしくなる。風霧の隣で練習していると、あっというまに時間が過ぎていく………………って。

「まずい。」

「どうした。結城。」

突然立ち止まったおれに、怪訝そうな表情で風霧がたずねる。

「えっと、すまない。もう行かないといけないんだ。」

「そうか……」

ちょと悲しそうな表情の風霧がつぶやく。

「あっ、ごめん。せっかく教えてくれてるのに……」

「あっ、いや、こちらこそすまない。」

風霧はあわてて普段の表情に戻る。

「えっと……その、また明日教えてくれないか?」

「いいのか?」

「ああ、もし邪魔じゃなければ、だけど。」

「もちろん邪魔ではない。では、また明日来るのだな。」

心なしか風霧の声が弾んでいるような気がする。

「ああ。」

「わかった。じゃあ、着替えて来るといい。」

おれが道場に戻ると試合形式の練習が始まっている。竹刀を合わせているのは一年下の2人で、風霧が審判をしている。おれは横で正座している木村に話しかける。

「木村」

「結城、帰るのか。」

「わるい。勝手に来て勝手に抜けて。」

「かまわんさ。しばらくは好きな時間に来て、好きな時に帰ったらいい。その後に入るかどうか決めてくれ。」

「すまん。しかし、太っ腹だな、お前。」

「そうか?おれは、せっかくの部員候補に逃げられたくないだけさ。」

木村がにやりと笑う。

「じゃ、また明日。」

「またな。」

おれは、道場を後にすると、おもむろに駆け出す。

(やばい。紗奈ちゃんのとの約束が……)

大急ぎで校門を抜け、絢音さんの喫茶店へと向かう。




↑To Top Page  To Next →