. コンコン

部屋の扉をノックする。

「紗奈ちゃん……」

「えっ?先輩ですか?」

「そうだけど……ちょっといいかな?」

「あ。ええっと、ちょっと待ってください。」

しばらく間があった後、カチャリとドアが開く。

「どうしたでんすか?」

紗奈ちゃんの顔がのぞく。

「えっと……その、なんでもないんだけど。」

紗奈ちゃんが小首をかしげる。

「いや、その、さっきのことを怒ってるんじゃないかと思って。」

「怒ってません。」

紗奈ちゃんは、ちょっと口をとがらせて答える。

「やっぱり怒ってる、よね?」

「怒ってません。だって……しょうがないですから。」

「しょうがない?」

「だって、先輩からお姉ちゃんに近づいたわけじゃないし、それに……お姉ちゃんも先輩のことを好きだから……だからしょうがないんです。」

「でも。」

「いいんです。それに、こうして先輩が気にしてくれれば……わたしはそれで嬉しいですから。」

そう言うと、紗奈ちゃんはちょっと恥ずかしそうな顔でうつむいた。

「えっと、その……うん。」

おれは意外なことの成りゆきに当惑する。

(もっと怒ってると思ったんだけど……)

「あの、先輩。」

ちょっと顔を上げた紗奈ちゃんが遠慮がちにつぶやく。

「なに?」

「あの。わたし、まだ着替えてないので、着替えたら下に行きますね。」

「あっ、うん。ごめんね、邪魔しちゃって。」

「そんな、邪魔だななんてことないです。わたしが着替えるのに時間がかかってるだけですから。」

「えっと、じゃあまた後で。」

「はい。」

おれは、リビングに戻ろうと紗奈ちゃんに背を向ける。

一歩足を踏み出しかけたところで、ふと気になって振り返ると、閉まるドアの隙間からベットの上のぬいぐるみが見える。

(あれが静流さんが言ってたアル君かな?あれ?まてよ?アル君じゃなくてアール君だったけな???どっちにしろアで始まったと思ったけど……そうすると、あれだ、絢音さんだったら確実にアーちゃんになるわけだ……っておれと同じだ。)

つまらないことを考えながらリビングに到着すると、静流さんがキッチンに立っている。

「あら、早かったのね。」

「そうですか?」

「てっきり30分はかかると思ってたのに。」

「全然怒ってなかったですよ。紗奈ちゃん。」

「……それ本当?」

「ええ。」

「ふーん……そうなんだ。」

静流さんはちょっと考え込むような表情を見せる。

「変ね、紗奈ったら……」

「どうしたんですか?」

「うんん。なんでもないの。それより遊馬くん、晩ご飯食べてくでしょ?」

「ええっと……今日は遠慮しときます。」

「あら、どうして?」

「今日は家で食べるんで。」

「えー。もう作り始めちゃったのにな。」

「す、すいません。」

「今日はハンバーグにしようと思って、ひき肉をこねちゃったの。紗奈と2人じゃ多過ぎるんだけど……」

「……」

「だからね、遊馬くんが食べてくれたらとっても嬉しいんだけど。」

「でもですね……」

「でもじゃないの。それとも、遊馬くんはわたしの作った料理は嫌い?」

静流さんがすねたような表情を浮かべる。

「そ、そんなことないです。大好きです。」

「じゃあ食べていってくれる?」

「はい。」

「頑張ってつくるから、楽しみにしててね。」

静流さんが微笑む。

(うーん。どうしていつもこうなるんだろ?今日はうちで食べるつもりだったのに……ま、いっか。)

結局、この日家に帰り着いたのは10時過ぎだった。

(うう、苦しい。どう考えても食べ過ぎた。)

あの後、降りてきた紗奈ちゃんも一緒にご飯をつくりはじめて、食べたものはといえば、静流さんのハンバーグと紗奈ちゃんのカルボナーラ、それにアンチョビとポテトのグラタンにサラダ、きのこの炒め物にデザートのプリン……残すわけにもいかないし完食してきた。

(おれって、結構えらいかも。)微妙な自己満足をおぼえる。

(でも、さすがに食べ過ぎた……うーん。しかし、今日は色々あったな……静流さんがあんなことを言い出すから紅茶を噴いちゃったし。女の子の前で飲み物を噴かないのがおれのポリシーだったのに……でも、これからどうなるんだろ?紗奈ちゃんとつきあっていることは変わらないから、そんなに違いはないと思うけど……)

そんなことを考えながらおれは眠りに落ちていった。




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