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ほとんど一睡もできずにベットから起き上がる。 そういえば、昨日、学校にMTBを置いてきた。カバンも忘れたから、適当なバッグに教科書を詰めていく。そういえば、職員室に置くべき武道場の鍵もポケットに入っている。 自転車とは違って見える景色の中を、歩いていつもの交差点に向かう。 そこには、紗奈ちゃんと静流さんの姿が見える。 (なんで?静流さんが?) 「先輩。」 「遊馬くん。」 2人が同時に近寄って来る。 「大丈夫でしたか?」 「心配したんだから。」 2人はおれの前で立ち止まる。 「あれからどうだったの?」 静流さんがたずねる。 「風霧を家まで送っていきました。」 おれはとりあえず嘘をつく。 (静流さんの前では言えないし……) 「ねえ、紗奈ちゃん。」 「はい。」 「今日の放課後大丈夫だよね?」 「はい。」 「じゃあ、月霜屋でも行こうか。」 「はい。」 「ちょっと、わたしは誘ってくれないの?」 「今日は紗奈ちゃんと2人がいいので……」 「なによそれ、仲間はずれにしちゃって。」 静流さんがすねてしまう。 (今日は仕方ないよな……) 「そういえば、紗奈ちゃん」」 「なんですか?先輩。」 「昨日、どうしてわかったの?」 「聞こえたんです。先輩の声が。」 「声が?」 「はい。すごく切羽詰まった感じで、”紗奈ちゃん”って。」 「そうなんだ。」 紗奈ちゃんにそんな能力があるとは知らなかった。 「でも、変なんです。その後は、”一夜一夜一夜”って言葉がずっと聞こえて……一夜って黄泉塚先輩のことですよね?」 「うん。そう。」 それも聞こえてたんだ。 3人で歩いていると、大通りとの合流点に人影が見える。 (あれは……) 「風霧……」 おれの言葉に、しゃべっていた2人の声がピタリと止む。 立ち止まったおれ達の所へ、風霧がやってくる。 「おはよう、結城。」 「お、おはよう。」 「おはようございます。神無先輩。」 「おはよう。」 風霧は、まるで昨日のことなどなにもなかったかのように挨拶をすると、紗奈ちゃんの前に立つ。 「神無紗奈、だったな。」 「は、はい。そうですけど。」 「今日は言いたいことがあって来た。」 「なんですか?」 「わたしは、結城遊馬のことが好きだ。」 紗奈ちゃんが目をぱちくりさせる。 紗奈ちゃんがなにか言うよりも早く、静流さんが口を開く。 「ちょっと、風霧零ちゃん。」 風霧が静流さんに向き直る。 「先輩にちゃんづけで呼ばれる筋合いはありませんが。」 「横恋慕っていうんだけどな。そういうの。」 静流さんのこめかみがひきつっている。 「先輩はどうなんですか?」 風霧は一歩も引かない。 「わたしはいいの、一番最初だったから。」 「こういうことに、一番も二番もないでしょう。」 にらみ合う2人の間の空気が、もの凄い勢いで密度を増していく。 (なんで……こうなるんだろ……) 心が現実逃避をしかけるおれに、紗奈ちゃんが言う。 「先輩、やっぱり風霧先輩となにかあったんですね。」 紗奈ちゃんがおれの顔をにらむ。 「う、うん。」 おれはその眼差しの前に、嘘もつけずに答える。 「もう……先輩ったら……でも、わたし、負けませんから。わたしも先輩のことが大好きです。」 そう言うと紗奈ちゃんは2人の間に割って入る。 「おねえちゃん、風霧先輩。先輩は絶対に渡しませんから。」 きっとにらみつける2人の視線を紗奈ちゃんは見事に受け止める。 3すくみでのにらみあいが続き、その中心にある空気が、これ以上ないくらいに凝縮されていく。 (ああ、これだけの力の場があれば、第三世界への扉がひらきそうだ……) おれは、3人の間を蜃気楼のように立ち上る空気を追いかける。 そこには、真っ青な夏の空を背景にして、朝日に照らされた白い雲がぷかぷかと浮かんでいた。 |
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